橋本の志
政治の建て直し
世の中の役に立ちたい。漠然とそう思っていた私は、7年間も大学に通った反動からか、社会に直接関わる仕事がしたいと考え、官僚となる道を選びました。世情に疎かった私でも、政治が、実際には政治家ではなく官僚によって動かされているという知識ぐらいはあったのです。
実際に経験した官僚の世界は、私の予想をはるかに上回っていました。様々な政治課題について、対策を検討し、スケジュールを立て、時には政治家を動かしながら解決していく。まさにアマチュアの政治家に対し、プロフェッショナルの官僚が黒子役として機能する構図です。寝る暇もないくらいの激務ではありましたが、国政を動かしているのは自分達だといういささか過剰なプライドを胸に、懸命に働いていたものです。
しかし、そんな私でも、そうした仕事のやり方にある種の疑問を抱くようになります。
例えば役所ごとの連携が取れておらず立案する政策がバラバラであったり、役所間の権限争いに膨大な労力が投入されています。また、政策立案が官僚主導であるために、責任の所在が不明確であったり、或いは前例のない事態が発生した場合、しばしば先送りされてしまうのです。いわゆる官僚主義の弊害と呼ばれるものでした。
少子高齢化、膨大な財政赤字、グローバル化する国際社会・・・我が国を取り巻く環境は大きく変わっています。かつて高度経済成長を支えた我が国の社会システムは、ここにきて様々な部分で制度疲労を起こしており、全面的な見直しを余儀なくされています。にも関わらず、我が国はダイナミックな政策転換をできる状況にない。
何故こんなことになってしまったのでしょうか?
本来、官僚の役割とは何でしょうか?法律の定めるところに従い、法律の内容を過不足なく執行する、言ってみれば事務屋さんです。事務屋さんというのは、その道の専門家ではあっても、全体を見据えた日本の針路を左右するような政策判断を行う能力も権限もあるはずがないのです。
そういった政策判断は、選挙で選ばれた政治家にこそ託されているはずです。しかし、その政治家は何をしているかと言えば、日本社会が成熟していく中で、様々なしがらみに囚われ、また自身で大きな政策判断を行う機会もないまま、いつしか利権の配分こそが自分達の仕事になってしまい、その他の(政策判断も含めた)面倒な仕事を全て官僚に委ねてしまったのではないか。
これだけ大きな組織ですから、役所間で政策のずれが生じるのはむしろ当然でしょう。それは何も役所に限った話ではなく、民間であっても同じだと思います(現場の暴走も、現場間の権限争いも普通にあるはずです)。しかし、民間であれば(少なくとも優秀な企業であれば)、現場レベルのずれは、最終的にはトップの決断で調整が図られるはずです。
つまり、各役所のレベルで政策に齟齬が生じたとしても、政治家のレベルで調整を行い、全体を見据えたうえで優先順位をつけることによって問題は解決されるはずなのです。官僚はスペシャリストで政治家がゼネラリスト。それが役割分担というものです。
もう私の言いたいこともおわかりいただけるでしょう。
官僚の側にも、政治家の不勉強と無責任を良い事にやりたい放題の部分があるのかもしれない。しかし、より大きな問題は、その官僚をコントロールし、すべき決断をしようとしない政治の貧困にあるのではないか?
なんとなれば、主権者である国民が選べるのは政治家だけなのですから、その政治家にしっかりしてもらわなければ国民主権は全うされないのです。
政治を立て直す。そのためには政治の側にもっと力をつけてもらわなければならない・・・そう思った私は、7年間お世話になった役所を辞し、微力ながら政治の側を支えようと、民主党の衆議院議員中村てつじの政策担当秘書になりました。



